ナショナリズムの現代的位相:故吉野耕作先生の思い出

今年度の3年生のゼミのテキストは宮島喬先生の『多文化であることとは』(2014,岩波現代全書)。数年前から提案してきたが、学生さんたちが他の候補を選ぶので、今年度が初使用。宮島先生が自らの研究歴を振り返られた第7章の、1980年代の日本のナショナリズム勃興に触れた箇所で、ふと故吉野耕作先生のことを思い出した。

先生が東大に赴任されたとき私はもう大学院を出ていたので、直接教えていただいたことはない。博論審査ラッシュ下での回り持ちか、私の博論の審査委員会に入ってくださったので、その限りの師弟関係だった。と言っても審査の時、先生はほとんど発言されなかった。そりゃそうだろう。助っ人外人もいいところだもの。こんな面倒くさいヤツの審査に首を突っ込む理由がない。

1回目の審査会議、先生ではない副査の一人から「お前の理論はナンセンスだ。たとえば『イスラム圏の途上国』に通用するわけがない」と酷評された。その時も先生は黙っておられた。その沈黙が専門家の黙認のように思われて、私は悄気返った。

2回目の審査会議に足取り重く向かう途中、たまたま図書館の前で先生に行き会った。私が「出来の悪い論文でご迷惑をかけてしまって」と言い訳すると、先生は明るく「いや、僕は面白いと思っていますよ」と言われた。その時のほっとした気持ちを忘れることができない。なぜなら他の審査委員は皆利害関係者で、吉野先生だけが公共圏だったから。公共圏の声だけが真の声である。後は何を言われても、何度突き返されてもいいや、という気持ちになれた。

病気をし、寛解して、E.ゲルナーの仕事に興味を持ち、先生に教えを乞いたくなって連絡を取ろうとしたら、先生は亡くなられていた。「在日外国人という言葉から想起されることは?」と問う私に「在日特権」などと反応する学生さんに困惑しながら、先生なら今のナショナリズム、全くアカデミックでなくなった罵詈雑言ナショナリズムをどう社会の中に位置づけられるか、うかがいたくなった。しかしそれはもうかなわない。あらためて合掌。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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