魅力的な書名:自宅の本棚から

考えに詰まって、ぼんやりと本棚を眺める。病気をした後自宅の本を大幅に減らしたので、限られた数しか置いていない。そのなかにある魅力的な書名の本、若林幹夫・立岩真也・佐藤俊樹編『社会が現れるとき』(2018,東京大学出版会)、駒場の山本泰先生のご退職を記念した論文集である。

人によりけりだろうが、突然社会というモノが目の前に現れてくるときが、私の人生の時々にあったし、最近などはもう自分の周りは社会だけのような気がしている。社会、こんな定義を社会学者がしてはいけないが、自分の力や考えではどうにもならないもののことだ。だから、この本の背表紙を見る度に、ハッとさせられるのだ。どなたがこの題を撰んだのだろう。山本先生とは思えない。やはり編者の若林幹夫先生だろうか。

私は修士1年の1年間だけ、山本ゼミにお世話になっただけだ。その時の教室の常連は、この本の編者以外は、共著者のなかにいない田崎英明先生と市野川容孝先生だったように覚えている。年度末に山本先生がアメリカに行かれることになり、若林先生と佐藤先生が、ゼミの後で先生を呼び出して送別会をされた。たまたま私もご一緒させてもらった。その後山本先生とは助手時代に一度駒場の研究室から助手室に業務上の電話をいただいたきりだ。もっとまじめに習うことがあったかもしれない。が、当時に私にはそうした知恵はなかった。

大学の研究室の本棚にある、もう1冊の魅力的な書名の本は、色川大吉『歴史家の嘘と夢』朝日選書。見る度にいい題だなと思う。歴史は嘘でも夢でもないし、歴史家はそう語ってはならない。でも嘘と夢の間に歴史はある。そんな意味なのだと思う。社会もまた同じかも知れない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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