君の論文には希望がない:指導教官の最後の指導の思い出

今2本ほど書きものを仕上げていて(厳密な意味では両者とも論文ではない)、書き上げたものを印刷して朱入れしているが、何か気持ちがアガってこない。私は本来ナルシストで自分の書いたものを読み返すと気持ちがアガってくるのだが、なぜだろう。すると昔指導教官の似田貝香門先生が言われた言葉を突然思い出した。「君の論文には希望がない」

先生が東大を退官されるとき、退官記念論文集と先生が主導された地域社会学会の講座企画が一緒に進められて、私は両方に寄稿することを命じられた。引き受けて2つのテーマを決めて書き始めたが気持ちがアガってこず、「書けません」と先生に泣きついた。先生は退官記念論文集より講座の方が多くの人に迷惑がかかるから、講座の方だけ書きなさいと言われた。私は2つのテーマをキメラのように貼り付けた論文を何とかデッチ上げた。それを見ていただいたときに言われたのが上記の言葉である。確かにその通りだと思ったが、これ以上どうにも向上できない。悩んだ挙げ句、希望らしき言葉を少しだけ継ぎ足して提出した。先生は優しく「少し希望が見える論文になった」と認めてくださった。「地域社会学の知識社会学」(町村敬志編『地域社会学講座1』2006,東信堂)という。先生に指導していただいたのは、それが最後になった。92年に指導教官を引き受けていただいてから10年強、本当にたくさんの知識を与えていただいたと思う。なかでもこの言葉が一番突き刺さっている。確かにそうだ。私の論文には希望がない。

調べたことをまとめ、考察する。他人の論文を評価したり批判したりする。そこに希望がなければならないわけではない。ハチのダンスの論文に希望は必要ないだろう。でも人間の未来を考えるのが社会学だから、読み手と共有できる希望が書き込まれている方がいいのは確かだ。実際、多くの社会学者はそうしているにちがいない。読み手としての私はそうした論文を日々読んで、希望を共有したり違和感を感じたりしているのである。しかし書き手としての私は、なぜか希望を書き込むことができない。書き込んだつもりでも底抜けになっている。病気のせいではない。似田貝先生に指導していただいたのは病気になるずっと前だったのだから。

今の時点で言えるのは、私が何かを読み手と共有したい、共有できるという確信を持てていないということだ。一応そう念じて書き始めるが、書き終わるとまるで周りに誰もいないような気持ちになる。ニーチェ的な誰も到達しない高み、というのではけっしてない。誰も行きたいとは思わない方向に迷い込んでいる感じだ。読み手を支配したい、暴力をふるいたいのでもないが、共有がなければそれさえも不可能だろう。自慰、そうかもしれない。でも自慰なら社会学でなくていい。

本当の意味で自分も読み手の皆さんも共有できる希望のある論文、退職までに1本でもいいから書ければいいなと思う。希望、たぶん今一番の課題である。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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君の論文には希望がない:指導教官の最後の指導の思い出 への1件のフィードバック

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    似田貝先生のご指導で、もう1つ刺さっている言葉は「君の研究は道楽だ。道楽でメシは食えない」だ。先生はメシを食うために社会調査法を学んでおくように指導された。おかげで今メシを食えている。がこちらもだんだん苦痛になってきている。

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