迷宮としてのイエ社会:新聞連載小説に触発されて

朝日朝刊、池澤夏樹の連載小説『また会う日まで』がクライマックスを迎えている。昨日の連載第118回で彼の父の出生の秘密が明らかにされた。連載当初は興味を引かれなかったが、最近急に面白くなってきた、というか作者の筆に重みが出てきた。さもありなん、それは彼がいつか必ず書かなければならないことなのだろうから。

一方でこの小説には帝国海軍の話が多く、挿絵も明治大正期の軍艦のかなり精密な絵が続いている。今日の連載119回の挿絵は戦艦山城の艦橋で話の展開と対応している。国産の弩級戦艦山城の登場は帝国が世界の軍事大国の仲間入りをした証しであり、その後の破滅への道の始まりでもある。それは彼の父福永武彦が生き、文学の力でそこから隔たろうとした時代でもあった。

この小説のもうひとつの味は戦前日本のプロテスタントの信仰についての話である。私の母方の祖父も旧武家の家の宗教を守りながら、個人としては無教会派のキリスト教徒だった。私が大学に合格して上京するとき、半ば認知症が進行していた祖父は「また遭う日まで」と讃美歌『神ともにいまして』を歌ってくれた。

戦前までの(いや今でもかも)日本のイエには、共有しなければならない成員の出自の秘密がどこにもあったのだな、と思う。戦後になって出自の秘密が少なくなっていく世代にとっては、そのことがいつか探究しなければならない課題になったのだろう。山口瞳の『血族』もそうだし、大江健三郎の後期の作品群もそうだ。このことは微温的な家族社会学にとっても社会学一般にとっても射程外にある冷厳な現実である。

かくいう中筋の小さなイエにもそうしたことがある。大学院生の頃、中野卓の『口述の生活史』にハマった勢いで祖母と祖父に根掘り葉掘り聞いたのだが、あるところで2人の話が合わなくなった。家付き娘の祖母と婿養子の祖父、その祖父は中筋の本家から2つ峠を越えた村の出身で、両家は何代も嫁のやりとりがあったので、中筋のイエの事情を知っていたのだ。その話では私の小さなイエが本家から分かれた事情はかなり複雑で、そのことが曾祖父がムラを出される理由にもなり、私の幼い頃、中筋ではない姓の家からいろいろな山のものが送られてきたりしたのである。しかしそのことを祖母は祖父の勘違いだという。そこで私は聞き取りをやめてしまった。仮に祖父の勘違いでも勘違いするだけの何かがそこにはある。でも、それはもう聞かなくてもいいことなのだ。

その小さなイエも5代目の私に男子がいないので、祖母は上の子に婿養子をとるよう遺言したが、そんな時代ではないのでもうお終いなのである。

https://www.asahi.com/articles/DA3S14565143.html

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の心情と論理, 読書ノート パーマリンク

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