ユルム街の憶ひ出:100分で名著『ディスタンクシオン』を見ながら

私たちは黙って冬の日だまりのユルム街を後にした。

もちろんユルム街で学んだわけでも、辛い失恋をしたわけでもありません。

大学院生の頃、学部で1年先輩の友人と初めてパリを訪れた。主たる目的は有名レストランの食べ歩きだったが、私にはぜひ行きたいところがあった。それはソルボンヌのオーギュスト・コント像とユルム街の高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリウール)である。前者は社会学の祖に一応敬意を表して、後者は高校生の頃山口昌男『文化人類学への招待』(岩波新書黄版)で知って以来C.レヴィ=ストロースのファンだったのでその聖地巡礼。

しかし当時の私は高等師範学校がどんな学校かもよく知らず、ましてやレヴィ=ストロースがパリ大学法学士からのアグレジェ(大学教授資格者)でノルマリアン(高等師範学校生)ではないことも知らず、「一所懸命に勉強しているといつか留学できるかも」くらいの認識だった。

門前らしき街角にたどり着いたが、何の看板も赤門のような目立ったシンボルもない。仕方がないのでどんどん入っていこうとしたら、守衛さんらしき人から大声で呼びかけられた。フランス語の聞き取れない私はたちまち怖じ気づき、踵を返してしまった。フランス語の聞き取れる友人が「たぶん『今日は休みだけど』と言っていたんだよ」と教えてくれたが後の祭り。

一方で、「次来るときは堂々と正規の資格を持って門をくぐるわい」くらいの気持ちもあったのである。若かったな、その次はなかった。

隣のクラスのフランス語の担任、加藤晴久先生の『ブルデュー 闘う知識人』(講談社選書メチエ)は知識が豊富でたいへん勉強になる本だが、知識がないこともまたよきかな、としみじみ思う。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の心情と論理, 見聞録 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください