私はなぜ洋菓子を焼くのか:コロナ自粛の終わりに向けて

4月からは対面授業が必須となったので、リモートワークの合間(しながら)にせっせと洋菓子を焼く生活ともお別れだ。

私はなぜ洋菓子を焼くのだろう。家族は絶望した仕事の代償だと思っているようだ。確かに色々な意味で美人投票になってしまった仕事とちがって、正しいルセットで焼く洋菓子は結果が客観的で明快だ。焼きながら砂糖のグローバルヒストリーや小麦栽培の起源についてぼんやり考えるのも楽しい。フロイト的には更年期に伴う口唇期的退行という面もあるかもしれない。バターと砂糖でできた、ふわふわとした洋菓子は、もう一度心ゆくまで母乳をむさぼりたいという欲望の表れなのかもしれない。

野口晴哉のどれかの本に、左右型体癖の老人の最期が記されていた。死に臨んでの彼の欲望は桃缶が食べたい、だったという。家族が食べさせるとむしゃむしゃ食べて、もっと食べたいとせがみ、家族が次の缶を開けている間に死んでしまった。これはいい方で、うまくないと久保田万太郎のように日頃食べ付けない赤貝の握り寿司をつまんで(赤に惹かれるのも左右型体癖の特徴)、喉に詰まらせて死んでしまう。

穀物こそは暴力的文明の元凶、砂糖はアルコールより依存性高い、ホルスタインのゲップは大気汚染、ありとあらゆる倫理的非難にもめげず、これからも私は暇を見つけて洋菓子を焼き続けるだろう。結局それが「私が私である」ということなのかもしれない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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