年度替わりに変われない男のぼやき

校外で引き受けている野暮用のまとめ役が近頃アタリが変わったな、と思っていたら年度末で異動だった。徹夜でまとめの仕事をして、居残り組への置き土産にして去って行く。きっと心は晴れ晴れとしているに違いない。

役所や企業は定期的な異動によって気持ちを切り替えられるが、私たちの職場はそうはいかない。上手に複数の大学を渡り歩き、テーマをくるくると変えていく人もいるが、たいていは40過ぎた辺りから1つの大学に居座り、一見新奇なことに挑戦しているように見えても、よく見れば同工異曲というケースが少なくない。安定感というべきかもしれないが、少なくとも私自身はつまらない。それならやめた方がいいのだが、その勇気もない。

といったことをウダウダ考えているのは、2年間務めた職場の管理職を諸般の事情から1年延長することになったからである。病気の後けっして管理職は引き受けないつもりだったが、そうもいかなかった。そのうえ3年目、よほどの人材難である。あまりにつまらないので、カリキュラムの大リストラを提案することにした。提案の中核は自ら立案、担当してきた科目を廃止することである。20年もやって飽きたし、資格科目になっているせいで中身を刷新しにくい。しかしその資格も認定先にカネを払えばとれるようになったので、わざわざ私がタダ働きする必要はなくなった。やめた、やめた。

退職前に不安定になる、退職後に虚ろになる人をよく見聞きするけれども、私はきっと晴れ晴れするだけだろう。世界と敵対する気は毛頭ないが、仕事で世界とつながっている実感は擦り切れてしまった。というか、仕事だろうが何だろうが、世界とつながっていなくても別にいいじゃん。世界は世界。私は私。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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