社会学者の身体の数だけ社会学がある:青木秀男先生の「退官講義」を聴く

昨日の徳野貞雄先生と同じくらい「ワンアンドオンリー」の都市社会学者、青木秀男先生の研究歴回顧をオンラインで聴く。こうした僥倖の連続はながくこの仕事をしていてもそうはこない。今78歳の青木先生はずっと大学の外で多くの貴重な研究を遂行、主宰されてきた。もし大学の内にいらっしゃっていればいくつもの大学を渡り歩かれて、その度に退官講義、退職記念講義をなさっただろう。でもやはり「退官」講義なんて青木先生に似合わない。でもでも偉大な学者が自らの来し方を省み、行く末を見晴るかす話を聞けるのはありがたいことだ。

今日のお話のなかで先生が力を入れられたことの1つは、先生の後期のテーマである戦争社会学のうちの「兵の精神構造」研究、その理論枠組みとしての丸山眞男である。実は私にとってはこの点がもっとも納得しがたいところで、直接先生にも申し上げた。「兵の精神構造」への自己批判より「イカレタ官僚制」の脱構築こそが戦争社会学の課題ではないか。丸山の枠組みは浮遊するインテリゲンチャの大衆嫌悪以外の何ものでもなく、そこから民主主義社会の展望を導き出すことなどできないのではないか。

今日の先生のお話をうかがっても私は依然納得しないけれども(納得してしまうと私の社会学はなくなってしまいます(笑))、先生の「背後仮説」は少し理解することができ多様に思う。あと4回シリーズ(の先生の精力)に付いていけるか不安だが、まずは次回を楽しみにしたい。

「社会学者の数だけ社会学がある」と揶揄されることがある。とくに世界中で同じアメリカ製の教科書を使っているお隣りさんから。しかしそれは本当は褒め言葉なのだ。徳野先生も青木先生も自らの人生を通して構築された身体のうえに「ワンアンドオンリー」のアートとしての社会学を(格好つけてではなく必然的に、あるいは運命的に)創り上げられてきた。だから後進の私たちは、優れた社会学者の研究歴から、学説だけでなく、その学説を生み出した人間と社会のユニークさをも学ぶことができるのである。だからこう言い直してもいいのではないか。「社会学者の身体の数だけ社会学がある」と。

 

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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