大学改革の当事者?:授業での応答から

先日日本の大学改革に関する大学院生の研究発表にコメントしたとき、つい自分のことを「当事者」と呼んでしまった。

当事者とは私たちの業界で近年よく用いられる言葉の1つで、私の師匠の表現を借りれば「受苦」の意味を帯びるときにもっとも強い喚起力を発揮する。私たち教員は大学改革によって苦労させられてはいるものの、「大学の自治」と称する経営の一端にあって改革の名のもとに学生や職員に加害していることも疑いないので(たとえば場当たり的に変えまくるカリキュラム)、当事者と言ったのはまったく適切な表現ではなかった。

それでもこの言葉が自然と口を突いたのは、7年前にSGU(スーパーグローバル大学創成支援事業)に関わったことが、私のうつ病の直接の原因の1つだったからだろう。省みれば、あの時父の死が重ならなければあれほど追い詰められることはなかっただろうし(実に不思議なことだが、父の死を思いやって仕事から離れるよう諭してくれる同僚はいなかった)、うつ病になった結果、大学行政には不向きだと自覚できてよかった。それにしてもあの7年前のマツリは一体何だったんだろう。そこで私が担いだ神輿に乗っていたのは・・・。

朝日新聞「語る―人生の贈り物―」欄の田中優子前総長の連載が終わった。はじめは毎朝顔を見せられるのが憂鬱だなと思ったがそれは杞憂で、ほとんどの写真がメディアでしか知らない彼女の若い頃のものだった。また話もほとんど私の知らないことだった。それはそうだ。たった2年間、それまで話をしたこともなかった彼女の学部長職を補佐し、総長選と初期の政策立案に関与したが(その中核(笑、法政だけにネ)がSGU)、それだけである。彼女は私が学生の頃から遠いメディアスターで、今も遠いメディアスターである。そのことを納得すると、連載を読んでも何の感慨も湧かなくなった。

当事者とは、そこに居続けるためではなく、いつかはそこから離れるための概念なのではないか。自分で使ってみてはじめて、この概念の可能性に気づいたのである。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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