路上の職人たち:名古屋市のある日の風景

昼前に買い物に出かけた道ばたで、自転車に長い棹をかけ、錆びたフライパンや鍋をいっぱい下げた老人を見かけた。今日は月1回の不燃ゴミの日。老人は各戸回収のゴミ袋をあさってフライパンや鍋を集めて回っているのである。名古屋市はたぶん他の都市より資源ゴミの「抜き取り」に寛容なので、缶ゴミの日にはアルミ缶の詰まった巨大な袋を乗せた自転車が公道を行き交う。男性だけでなく女性も少なくない。またいわゆるホームレス「だけではなく」いや「ではなく」、どこかに「ホーム」のある風体の人が多い。フライパンと鍋の老人もホームレスには見えなかった。

長い棹に鍋、とくれば伝統的には「鋳掛け屋」だ(「鋳掛け屋の天秤棒」とは出しゃばりな人の喩え)。焼きすぎたり錆びたりしてできた鍋の穴を一時的に埋める職人。黒澤明の『どん底』で東野英治郎が演じている。しかし古い下町育ちの私でもこれまで見かけたことは数回しかない。今日見た老人はその逆で、フライパンや鍋を修理しなくなったから成り立つ「職人」だ。今どきのフライパンや鍋の特殊加工はすぐに剥げてダメになってゴミになる。でも熱伝導の良さをうたっているだけにステンレスの質はいい。だから集めるといい値で売れるのだろう。

『物売図聚』とか『商売往来』といった江戸や明治の路上風景を描いた古書があるが、現代の路上にもウーバーや宅配便だけでない、現代ならではの風景がある。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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