へいさんの思い出:魂の季節に寄せて

テレビでアナウンサーが「魂の走り」と叫んでいる。魂、そういえば今は魂の季節だ。子どもの頃は7日が(旧暦の)七夕の売り出しで、その後お寺さんの施餓鬼、盆に入ると丹波篠山にある墓に泊まりがけで参り、中日前後にお寺さんの棚経、その夜は家族で仏壇に西国三十三番札所のご詠歌(補陀落や~で始まり、~美濃の谷汲で終わる)を上げる。ただ、なぜか迎え火送り火の習慣はわが町にはなく(少なくとも私の子どもの頃には)、震災後祖母がやると言い出したので、今さらと返した。

棚経は住職が多忙なので、六甲山の裏の山寺からアルバイトのお坊さんが来てくれていた。祖父のお気に入りで、祖父はお経の後必ず1つか2つ信仰上の質問をし、若いそのお坊さんはていねいかつ慎重に答えていた。祖父はそれを私に聞かせようとしていたにちがいない。私が生意気な顔になっていくのを、そのお坊さんは微笑みながら私を見ていた。私はちょっと負けている感じがしたのである。ブランド好きの祖母は「へいさんは、駒澤首席やで」と、自分の買い物のように自慢していた。「へいさん」というのがそのお坊さんの名前なのか愛称なのか、私は分からなかった。

そんなことを思い出しながら、「そういえば施餓鬼って何やったんかいな」と確かめたくなって、ネットで検索したらびっくり、そこに「へいさん」がいた。本名が幣さんだったとは!それにめちゃ偉いお坊さんだった。ご健勝、ご活躍で何より。一度お目にかかりたいな。

https://www.soto-kinki.net/butsuji/chishiki_sejikie.php

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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