4人の虐げられた子どもの物語:授業での気づき

入門科目で現代における家族の動揺というテーマで話していて、児童虐待に触れたとき、突然黒澤明監督の映画『赤ひげ』が「3人の虐待された子どもの物語」だと気づいた。その瞬間、あの大きく黒い冠木門が目の前に立ちはだかってくるような気持ちがした。

ご存じの通り『赤ひげ』は山本周五郎の『赤ひげ診療譚』を原作としながら、休憩を挟んだ後半は黒澤オリジナルの物語となっている。遊郭で杉村春子に虐待されていた二木てるみと、こそ泥で家族を養っていたのに一家心中に巻き込まれてしまう頭師佳孝の交流の物語だ。主人公の加山雄三も赤ひげのミフネも脇役でしかない。

前半では子どもの頃母親の身代わりとして義父の慰みものにされた根岸明美と、死の床にある実父の藤原釜足の交流(できなかったのだが)が物語の中心だ。ここまでで3人、それに冒頭のカマキリ娘(男を色仕掛けで誘って殺す)の香川京子の物語も、それは一見大人の倒錯譚のように見えるものの、異常ゆえにずっと監禁されてきた子どもの悲話とも読めるはずだ。つごう4人である。

黒澤明が職業人生の頂点において2年の歳月と膨大な資金をつぎ込んで、なぜ「4人の虐げられた子どもの物語」を描こうとしたのか、私には謎である。全作品のなかで子どもが主題なのは、次作の『どですかてん』と晩年の『夢』くらいだ。いずも原作もので挿話集なのが興味深い。つまりそうした物語に特に吸い寄せられ、自ら語り返さずにはいられない何かが彼にはあったのだ。そしてそれは、私を含めたくさんの見る者にすぐにではなく起爆する強烈な印象を与えたのだ。

『赤ひげ』、また見直してみよう。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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