道楽納め:今和次郎『日本の民家』の調査地、相模原市緑区増原を訪ねて

このブログを読んでくださる皆さんはよくご存じの通り、最近日本農村社会学の著名な研究の調査地をめぐる旅を続けている。「50過ぎてまだ道楽か!」と似田貝香門先生にまた叱られそうだが、「死ぬまで道楽です。遊びをせむとや生まれけむ」と答える他はない。

しかし私でなければ立派な共同研究になる。瀝青会『今和次郎「日本の民家」再訪」(2012,平凡社)がそれだ。今のはるかな後輩による共同研究。しかしなぜか食指が動かなくて長らく積ん読だったのを最近読んでみたら、まことに素晴らしい研究なのだけれど、やはりピンとこなかった。そこで実際に行ってみることにした。全部は無理なのでいちばん近い相模原市緑区旧内郷村だけ。

皆さんにぜひお勧めしたい。JR横浜線橋本駅北口から神奈川中央交通バス(アァ嫌だ嫌だヨ、通勤バスは~)「橋01」系統で終点「三ヶ木(みかげ)」まで。さらに乗り継いで「湖21」か「湖22」でJR中央東線相模湖駅まで。橋本駅周辺はいつも渋滞していて閉口だが、旧城山町役場あたりからがぜん登山バスになり、城山ダムの上を渡った後は道志川や桂川の渓谷を縫うように進んでいく。重伝建とはいかないが旧道を通るので近世から近代の交通を偲ぶこともできる。1時間足らずで1000円以下、チョーお買い得。それにしても三ヶ木のバスターミナル、不必要に巨大だったな。昭和の観光地にありがちな・・・。

旧内郷村は道志川を渡ったあたりから始まる。瀝青会本にはたしか対象地域を「寸沢嵐(すわらし、三ヶ木と同じく読めません)」と書いてあったので(あれ、そうだったけと思ったのだが)、集落の入口にある「津久井消防署前」で降りた。バス停の前に旧石器遺跡が現地保存されているが目的ではないのでどんどん坂を上って台地の上に出る。しかしそれらしい雰囲気はどこにもない。ほとんど宅地開発されている上、頂上は某大規模私大のキャンパスだ。やはりちがったか。そんなこともあろうかと思って、昨日本棚の奥の奥から岩波文庫の原著を取り出しておいたのだ。見ると「増原」、そうそう増原だよ。スマホで地図を見てガックリ、隣の台地だ。いったん台地の底まで下りて谷をひとつ渡り、また登り直さなければならない。しかし汗だくになって登り直した「増原」の入口にはもう「日本の民家」があった。

残念なことに、今は意図的に農村社会学的調査(イエムラですね)はやっていない。だから喜多野清一のような本分家関係の分かる地図はない。ただ何となく鎮守に近い家、日当たりのよさそうな家が大きい(今は家屋の大小の差は小さい、と書いている)くらいしか分からない。それより目を剝いたのは、今が注記している、家ごとに庭に作られた墓地が、家が抜けた後そのまま更地に残っていて、集落の3分の1くらいが墓という景観になってしまっていることだ。橋本まで車で30分でもここに住み続ける理由がなかった家が多かったのだろう。

帰りは「阿津」バス停で湖22の方をつかまえて千木良経由で相模湖駅まで。途中あの「津久井やまゆり園」を通る。バス通りに向かって太い鉄柵を並べた新建築がひどく悲しい。障がいを持った人が群衆の居場所へ出ていくのではなく、群衆の居場所が障がいを持った人を殺しに来ることの象徴。

今年も読んでくださってありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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