徳川家康の「伝統の創造」:群馬県太田市世良田を訪ねる

ズンチャッチャ、ズズンチャッチャ、ズズンチャッチャ、ズズンパパアパパパ。「俺の名はキャベツ畑五十郎、もうすぐ還暦だがな」

思わず黒澤明の『用心棒』を思い出してしまった。ここは上州平野のど真ん中、群馬県太田市世良田。

時宗に興味があって愛知県民なら、やはり三英傑徳川家康の先祖「徳阿弥」について追っかけねばなるまい。子どもたちが小さい頃、ハイキングを兼ねて松平氏が元々いた松平郷とか奥殿陣屋とか大給城とか岩津天神とか、岡崎市近郊の山々を巡った。面白かったのは山奥の松平郷より矢作川に近いところに細川とか仁木という字があって、まさに細川氏や仁木氏の本貫地なのである。足利家が三河守護だった時代に分かれたそうだ。そんな名家と縁遠い山奥の山賊に、流れ者の時宗の僧侶(柳田のいう毛坊主?)徳阿弥が入り婿して松平親氏、ところがこの徳阿弥、実は新田氏庶流の世良田義季の子孫で歴とした源氏の血統。めでたく武家の棟梁、征夷大将軍って話盛りすぎじゃね?

世良田を訪れてみると、広大な上州平野に利根川の支流が湾曲して袋のようになった小高い土地に集落が2つ、それぞれに寺と神社が1つずつある。大きな方の集落には家康が天海に命じて(左遷?強制隠居?)拡充させた義季建立の長楽寺と、家光が日光東照宮の旧社殿を移築させた「世良田東照宮」がある。小さな方の集落には義季の墓(伝承)に寄り添ったより小さな「徳川東照宮」、そして時宗の尼寺徳満寺(廃仏毀釈で廃寺。今は復元された資料館)がある。ああ『無縁・公界・楽』に出てきた千姫ゆかりの縁切り寺だ。要は実に念の入った「伝統の創造」なのである。家康、おぬしも悪よのう。

研究としては関東の中世村落の景観的な感じをつかみたいと思って訪れたのだが、まったくつかめなかった。「都市的な場」に比べて村落を歴史的に捉えることは私にはとても難しい。なぜか、それが今日の宿題である。

追伸:櫻井兄、無断領海侵犯、ゴメン!

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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