実証的に見る東大的なるもの:今日の授業から

学部の「市民運動論」という授業で毎年「日本資本主義論争」の話をする。別にマルクス主義にノスタルジーがあるわけではなく、この論争を知ることは日本の社会運動と社会科学の歴史を学ぶ上で必要だと思うからだ。今日その話をしたとき、関わった知識人は講座派も労農派も東大生か元東大生が多かったわけだが、それは今の東大生とどう違うのか説明したいと思った。

私がかつて熟読したH.スミス『新人会の研究』(1978,東大出版会)は、当時の帝大生は同年齢200万人のうち100人に1人くらいの割合だったと書いている。単純に9(帝大)で割ると900人に1人くらいか。当時も東大が一番大きかったからまあ500人に1人としておこう。当然これは男250人に1人、女250人に0人である。今東大の定員が何人か知らないが4000人として、100万人の4000人だと250人に1人である。こちらは男200人に1人、女300人に1人くらいか。

男だけ見ればそれほど落差がないように見えるが、当時は私大や高専、師範学校や士官学校を含めても大学生は20人に1人もいなかっただろう。小学校のクラスで1人か2人といった感じ。今は半分が大学生でその半分以上が女性である。この落差をイメージさせるのは意外と難しい。

そもそも制度や文化や階層の歴史社会学はいっぱいあるけれど、実数(とそれがもたらす体験)の歴史社会学というのは寡聞にして聞かない。私は前三者より大事だと思っている。

授業の最後に挙げる参考文献は、中野重治(1902年早生)の小説『むらぎも』(講談社文芸文庫)。今年は珍しく読んだ顔をした学生がいたので、尊重してクライマックスのネタバレはなしとした。「主人公が芥川龍之介に会って失望し、その帰り道に突然思い浮かんだのは・・・」また来週。

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中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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