結節機関説批判:北海道旅行拾遺2

恩根内市街地を実際に訪れた感想として、「都市とは社会的交流の結節の集積である」という鈴木栄太郎の理論(結節機関説)は破綻していると記した。とくにそう感じたのは次の2つの施設を見たときである。

左の写真の施設はNTTの固定電話交換施設だろう。もちろん無人の機械である。約70年前の『原理』には電業所と記されている。公務員のいる電報取次所だったのだろう(おぼろげな記憶ではかつて郵便局や駅でも電報を取り扱っていたような気がするが(電報取扱所の看板)、あまりに幼い頃の記憶なので全く確かでない)。つまり結節機関はあくまで機関でしかなく、人と社会を伴わなくても成り立つ。現在の恩根内では駅も消防屯所も無人だ。いっぽう郵便局と駐在所には人がいるが、それは厳密な意味での住民ではないだろう。鈴木の都市社会学は、結節機関を支える人びとの生活を「正常人口の正常生活」と呼んで、理論のもう1つの柱とするのだが、その結びつきはまったく安定したものではなかった。

中の写真の施設は浄土真宗寺院と門柱に記されているが、今残るのは墓石の列と「納骨堂」(観音堂ではない)だけである。『原理』には寺2軒、天理教会、神社各1軒と記されている。当時は本堂も庫裡もあったのだろうか(音威子府の市街地には真宗と真言宗の寺院があって、どちらも本堂と庫裡を一体にした建物だった)。私が気になるのは、こうした宗教施設に対する鈴木の理論的冷淡さである。駅や集乳所よりもこちらの方がムラびとにとって重要かつ身近な結節機関(本願寺と門徒を結ぶ)ではなかっただろうか。

私の乏しい知識では、明治維新後の本願寺(と他の仏教教団)は江戸幕府との癒着が裏目に出て宗門の危機に瀕した。それを天皇家との通婚と未開地への布教で挽回しようとした。北海道は格好の草刈り場だったはずだ。それは塚本哲人の調査した第二次世界大戦後のブラジルの入植地も同じで、こちらは創価学会の草刈り場となったのである。いや、入植者一人ひとりの立場に立てば、それは「機関」などではなく、生き死にの意義に関わる深刻な「場所」だったはずだ。

山田洋次監督の傑作『家族』(1970,松竹)は、長崎の炭鉱夫の家族が北海道根釧原野に入植する物語だが、笠智衆演じる祖父が深い満足のうちに死に、入植した大地に、旅の途中で死んだ子どもの遺骨とともにカトリック式で土葬されるシーンがクライマックスである。葬式組を演じるのは実際に長崎から入植した人びとで、彼女ら彼らの信仰の深さがスクリーンから滲み出る。

おそらく恩根内でも、入植の苦労の果ての死を小さな寺が受けとめていたのだろう。そして死後の幸福(浄土)を遠く京都の本願寺が預定してくれていたのだろう。これこそ結節機関というべきではないか。しかし入植地の消長につれて、小さな寺は無人の墓地と納骨堂に成り果てた。結節機関は社会の機能である以上に生きられた歴史の産物だったのだ。

ちょっと深刻な話になり過ぎた。右の写真は廃校になった小学校のプール。今は子どもたちではなくチョウザメが泳いでいるそうである。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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結節機関説批判:北海道旅行拾遺2 への1件のフィードバック

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    電業所とは、どうやら電報取扱所ではなく家庭へ電気の配電施設らしい。今でも沖縄電力は離島の配電施設を「電業所」と呼んでいるようだ。もう少し電気の歴史を調べてみる必要あり。当然まだランプだろうと思っていたのは思い込み。

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