ゴールデンカムイの裏側:北海道旅行拾遺3

空港バスのいい便がなくて、旭川空港から川村カ子トアイヌ記念館までタクシーを使ってしまった。大枚叩いたが早く着き過ぎて、さらに計画では帰りは近文駅まで歩くつもりだったのを旭川駅までバスで戻ることにしたので、時間が余った。どうしよう。ふと帝国陸軍第七師団の跡地を見てみようという気になった。スマホで検索すると跡地どころか、陸上自衛隊第2師団直営の「北鎮記念館」というのがあるらしい。歩いて訪れると日曜なのでけっこう盛況で、退役(?)自衛官が家族連れの客に大声で展示を説明していた。客は全員マンガ『ゴールデンカムイ』のファンのようだった。作者の色紙も飾ってあった。

しかしあまり戦史に詳しくない私は、展示を見て凍り付いてしまった。第七師団は屯田兵団を起源とし、第二十五、第二十六、二十七、二十八連隊が主たる構成兵団である。南樺太警備に分けられた二十五連隊を除く3個連隊はシベリア出兵と関東軍への交代駐劄を経験し、その先のノモンハンで 壊滅的敗北を経験した。さらに二十六連隊の一部は「北海支隊」としてアッツ島で、二十八連隊の一部は連隊長一木清直大佐の「一木支隊」としてガダルカナル島で全滅した。樺太の二十五連隊も1945年8月15日以降もソ連軍と戦ったのである。もちろん軍史の長い線の上では惨劇は点である。しかしその血塗られた点は限りなく大きい。

勇ましい声で旧軍の規律と勇気を語る退役自衛官の横を、私は逃げるようにすり抜けた。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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