トーダイへの造反:1年生で受けた「社会学」を思い出す

思うところあって、今年度から1年生のゼミ(本学部では「基礎演習」という)を担当している。途中で参ってしまわなければ、また学生の皆さんがやめろと言わなければ、定年まで続けたいと思っている。といっても新しい教育技術があるわけもなく、昔ながらの文献講読を続けている。

読んでいるのは著名な某歴史社会学者の編集したロングセラー。一度大学院の演習で読んでみたが、けっこう考えさせられることが多かったので、1年生にぶつけてみた。ところが今日読んだ部分はヒドかった。まず論拠として大切な図表が2枚も凡例や表題がグチャグチャ。中身も論点先取、粗雑なダイコトミー、恣意的なデータ使用と、読ませているこちらが恥ずかしくなってしまう。が、それこそ(個人的な感想です)トーダイ論文だ。トーダイでは論点先取は先駆的な問題関心、粗雑なダイコトミーは鋭利な理論構成、恣意的なデータ使用は独創的な調査分析となってしまい、それらおかしな要素がおかしければおかしいほどエラいという、消耗な競争が支配していた。中にいる以上そんなの知らないよというわけにはいかない。いや、知らないよという猛者(智者)も少なからずいたけれど、私は根性なしなので、競争の脇の方でイジケていた。(嘘だ!真ん中でエラソウにしてたでしょう、というご意見の方、スミマセン!)

学生たちに、ではどういう研究が真っ当なのかを話そうとしたとき、目の前に900番大教室(正門の左、図書館と対になっている講堂)が浮かんできた。遠くの壇上でマイクを斜めにもって淡々と話している折原浩先生。ああ、折原先生はこのことを話していたのだ。田舎学生の私は折原浩を知らず、クラスメートから「造反教官」と言われても何のことやら。2年生になって最初の70人が最後には4人になってしまうゼミに参加したときも、結局先生の学問を理解することはできなかった。自分が教壇に立って、嘘でもウェーバーを教えなければならなくなったとき、あわてて昔のノートを引っ張り出した。

しかし瞼の中の折原先生は、ウェーバーではなくデュルケームについて話していた。事実と理論をどうマッチングさせて社会への提言まで持っていくか。そのプロセス全体にどうやって科学性を堅持するか。ああ、折原先生は、東大という組織に造反しただけではなく、トーダイという学問の嘘くささにも造反したのだ。これ以上はほんとうに個人的感想だけれど、そのトーダイの具体的イメージは、丸山眞男でもあったし大塚久雄でもあったろうけれど、もっと具体的には、長く一緒に働いてきた天才的な同僚(後輩)、見田宗介先生だったのではないだろうか。

毎年900番教室に入っては出ていくたくさんのトーダイ生に、折原先生は期待しながら戦っていたのだろう。1年生を担当することの深さを、漠然とそれを求めていたのではあったが、あらためて感得した次第である。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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