三味線考:青木秀男先生の講義から脱線して

先日、日本の都市社会学の一大家青木秀男先生が(先生は大家なんて言うなとおっしゃるだろうが、先生を措いて他にもういないじゃないですか)オンライン連続講義の最終回で、引退後は詩と三味線の世界に生きたいとおっしゃった。詩も三味線もよくされるそうである。ドレミファソもたいしてできない私のような者にはまず驚きだが、それとは別の感慨を抱いたのである。それは・・・。

昔伊福部昭の喜寿記念コンサートの演奏前に本人の対談があって、伊福部は「日本の伝統楽器はどれにも関心があるし、自分の曲に積極的に取り入れてきたが、三味線だけはダメです」と言った。そのことを思い出したのだ。伊福部は続けて、「私の生まれは北海道釧路市中で、父親は巡査でしたから、遊郭なども取り締まるわけです。でも父親はおおらかな人柄だったので、そうした土地の人とも親しくしていて、私は子どもの頃に釧路時代の啄木の遊郭通いの話を聞いたことがあります。でもそこから流れてくる三味線の音がどうにもニガテで、今に至るまでそうなんですよ」と話した。

アジアの民衆に根ざした音楽を目指した伊福部とアジアの民衆に根ざした社会学を目指した青木先生が、三味の音色を挟んで真反対であることが、私には興味深かった。どちらかが欺瞞的というのではない。何かもう少し掘り下げて考えなければならない問題がそこにはあるにちがいない。青木先生が後代に遺されたいことからまったく見当違いにズレているが、これを私の宿題としたいと思う。今思いつく解答の方向は、1つめは三味線は伝統楽器なのかという点、私はそうではなく半近代的な楽器だと考える。2つめはその音色は何を表象しているのかという点である。私はそれは女性の(性的な)声だと考える。

ちなみに伊福部の父親はその後内陸の音更駐在となり、伊福部少年はそこでアイヌの歌と舞踊に出合ったのである。

https://www.youtube.com/watch?v=tWQotk8AdrA

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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