我は何物をも喪失せず、また一切を失ひ尽くせり:神田駿河台徘徊

「我は何物をも喪失せず、また一切を失ひ尽くせり」(萩原朔太郎「乃木坂倶楽部」)

大学院の授業の後、用があって市ヶ谷から神田駿河台まで歩いた。道すがらの、あのビルにもそのビルにも入ったことがある。でもそこでの時間はまったく無駄だった。などと考えながらふと角を曲がると、急にいわゆる「甘酸っぱい思い出」が湧き起こってきた。

そこは、大学4年生の時、片思いの相手を何とかデートに誘い出して歩いた道だった。いいカッコしようとロクに知りもしない近美のマグリット展に誘って大混雑に唯揉まれ、その後駿河台を散歩したのだった。こっちとしては少しでも一緒にいたい、でも日曜で喫茶店が見当たらない。何とか探し当てた喫茶店(なくなったようだ)で何を話したかはもう覚えていない。でもその時の身体の底から突き上げる・・・性欲と書いてみたが、それだけじゃない、愛情とも言い切れない何か、でもそれは今の私の身体にはほとんど残っていない。底の底に、キャンプファイヤーの朝の燃えかすのようにくすぶるばかりだ。

さて、右の写真が目的地である。死ぬまでにやってみたいことはフランス語を話せるようになること!たぶんムリ。とりあえず夏期講習の入学説明会に、会場には1人だけ。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 東京漂流, 私の心情と論理 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください