住民運動の論理:映画『下北沢できる それから』を見る

都市社会学で下北沢と言えば、三浦倫平さんの『「共生」の都市社会学』(2016,新曜社)がよく知られているが、はじめて見たこの映画は、何より100%ニタガイカモンな映画だった。映像を社会学の言葉に置き換えれば即『住民運動の論理』になるのである。

似田貝香門先生は私の博士後期課程2年から博士学位取得、修了までの指導教官である。私たち夫婦の仲人でもあるから、恩師と言っていい。ただ私の不徳の致すところでだんだん仲が険悪になり、一度は今どき珍しい破門までされ、謙遜でいうのではない不肖の弟子となってしまった。

似田貝先生の若い頃の偉大な業績は『住民運動の論理』(1976,学陽書房)である。松原治郎先生との共編著で、松原先生の教育社会学のお弟子さんたちとの(似田貝先生は社会学)共同研究ではあるが、理論的にも組織的にも先生が中心だった。なかでも世田谷区丹菱ショッピングセンター反対運動の研究を、私は何度指導に使ったかわからない。社会運動研究の最高のお手本である。

似田貝先生の若い頃の業績と言えば、もう1つ「社会調査の曲がり角―住民運動調査後の覚え書き」(1974,『UP』24)がよく知られている。これは『論理』と別に言及されることが多いが、副題にある通りぜったい切り離せない。要は「社会運動(今風の言葉でいうなら当事者)の側に立たない社会運動調査はあり得ない」という趣旨である。その立場に立ってはじめて、社会運動の発展的展開(多様な連携の形成と政治・行政への接続)のプロセスを描き出す視野が開かれるのである。

なお1つ私の好きな業績に「住民運動と自由業者」(1978,『都市問題』69(9))がある。住民運動の推進力であり、また他の社会勢力とのハブになるのは、都市ならではのさまざまな自由業者だという趣旨。映画の大部分を占めるミュージシャン、アーティストたちがまさにそれだ。

目の前に映し出される、小田急線下北沢駅地下化に伴う道路計画反対運動は、まさに似田貝先生の図式通りに進んでいく。私は毎夜のように研究室に呼び出され、マンツーマンで指導された日々を思い出さないではいられない。当時似田貝先生は科研費の大規模な研究集団を率いて東京都を調査していた。私は玉野和志先生や樽本英樹先生とともに世田谷区を担当していたので、目の前の映像の構造的背景もある程度理解できるのである。ただしこの調査は阪神淡路大震災が起こって(そちらに注力するために)中止され、先生はあちこちで「弟子が怠慢かつ傲慢なために失敗した」と嘆かれた。失敗させた弟子とは他でもない私のことである。

しかし見終わってあらためて思う。私が社会学というツールを通して見たいこと、考えたいことはこの映画のようではなかった。似田貝先生のように、最初から最後まで運動側に立つという選択をしない立場から見えてくること、考えられることが、私の社会学だった。似田貝先生は私によく「君の社会学は道楽だ」と言われたが、まったくその通り、しかしそうでしか私は私であることができない。

優れた先達でありていねいな先生であった(もちろんご健在である)先生の学恩を噛み締めながら、私は深夜の帰途に就いたのだった・・・京王線が人身事故で不通、中央線周りで久しぶりに午前様になってしまった!

https://k2-cinema.com/event/title/38

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 尊敬する先輩たち, 見聞録 パーマリンク

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