高野山病もこのへんで:高丘親王航海記を読む

フランス語の稽古を再開するので、教科書とドリルを御茶ノ水の丸善まで買いに出た。店員が探している間にふと書架を見ると写真の1冊が目に入った。釣られるように買い求めて読んでみた。

澁澤龍彦は高校生の一時期罹った流行病で、毎晩眠くなるまで西欧エログロの世界に魅せられた。しかし大学に上がる頃にはめでたく全快、英語の最初の授業で澁澤モドキとしかいいようのない風体で現れた高山宏講師にもまったく興味がないまでになっていた。

澁澤がその後不治の病をおして唯一の小説であるこの本を書いて死んだ時もまったく関心が湧かず、だから今回初見である。

ああ、この文体、この衒学に眩まされていたな、と懐かしくなる一方、やはり病の先の死をどう文学的に荘厳するかという主題にはまったく共感できなかった。死を荘厳する必要はない。蟻はたまたま踏み潰されて死ぬ。

ちなみに彼が描く荘厳された死の元型は主人公高丘皇子の師匠たる空海である。西欧エログロから日本密教への回帰?その意味では、この読書も高野山病の余波かもしれない。まあでもこの先はエンタメとかマンガになるので、そこまで空海像を追い求める気持ちはない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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