謎のアーティスト:河原温を見に表参道に行く

昭和が終わった時、竹橋の近代美術館で昭和の美術の回顧展があった。当時美術に興味は無かったが、戦争画が出るというので見に行った。戦争画だけでなく教科書で見るような絵や彫刻がたくさん出ていて、いちいち感心して見て回ったのだが、今思い出すのはただ2点(組)だけである。なぜだろう。

1点(組)目は加山又造の『雪、月、花』。たしか会場中央の吹き抜け(今はない)の壁に3枚揃えて展示してあった。その巨大さと緻密さと人工性。東山魁夷でも平山郁夫でもない、よくも悪くも戦後の日本画の到達点だった。一度見れば十分、忘れようもない。

いま1点(組)は小さな絵だったが、灰色のトーンのタイル貼りの浴室に、今でいうならヨシタケシンスケの描くような小太りの肉体が切断されて大量に転がっている。美術館に飾ってはいけないような絵。今はけっこうあるけれど当時の展示の中ではそれだけだったように覚えている。河原温。こちらはもう一度見たいと思っているが、たぶん二度と見ることはないのではないか。

表参道のギャラリーに河原温が出ているというので、そのために(普通は一緒に出ていた赤瀬川原平を見るべきなのだろうが)出かけていった。たった2点、それも浴室の切断屍体ではなかったが、異様さは同じだった。愛知県刈谷の出身で、もう死んでしまったようだ。いったい何者だったのか。謎のままである。

原宿表参道など滅多に来ない。ふと見ると蓮見音彦先生がお好みだった南国酒家も似田貝香門先生がお好みだった(そこで破門を解いてもらった)ペルティエもない。もともととっかかりの少ない町がますます遠くなった。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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