ああ汝 漂泊者:世田谷文学館『月に吠えよ、萩原朔太郎展』を見る

工事中の切通しの鉄道線路の真中に3人のあどけない少女が立ち、カメラを見つめている。たぶん(室生)朝子さんと葉子さんと明子(あきらこ)さん、3人と撮影者の行く末を知っている未来の私は、写真に封じ込められた一瞬の幸福に息を呑んだ。

「烈風の中を突き行く汽車」で、朔太郎が葉子さんと明子さんを伴って郷土前橋に帰ったのは1929年。品鶴貨物線(今の横須賀線)が開通したのも同じ1929年だから、これは馬込時代の終わりに撮られた写真なのだろう(写真撮影不可)。私の好きな後期の詩作が始まるのはそれからである。

高校の国語の授業で知って以来、朔太郎の詩はマーラーの交響曲とともに(こちらは中学生時代のラジオだが)私の血肉である。どの詩句を見てもすらすらと次の詩句が思い浮かぶくらい耽溺し、とうとう博士論文の第1章も朔太郎を題材にしてしまった。歴史の研究の方は歴史学者に一蹴されたが、こちらはどこからも反応はない。いや、歴史の方はがっかりしたけれど、こちらはがっかりしない。あまりに極私的な関心だから。書きたいから書いただけ。

いつのまにか朔太郎が死んだ年になってしまった。まだ私は「虚無よ!雲よ!人生よ。」と言えない。

https://www.setabun.or.jp/exhibition/20221001_sakutarohagiwara.html

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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