ETV特集「関東大震災と朝鮮人虐殺→まちがい朝鮮人」を見て

NHKのETV特集「関東大震災と朝鮮人虐殺→まちがい朝鮮人」(9月3日)を見た。私の博士論文ではこのテーマまで話を進めたかったが、論文審査の時間的制約(文科省から強いられた東大の制度改革による「ポツダム博士」でした)と私の能力的限界からそこまで行けず、その後も色々な事情から(主には私の意気地のなさから)取り組めずに来た。番組は、とくにドキュメンタリーの2つの挿話(埼玉の農村で伝承される虐殺の記憶の話と軍の依頼による千葉での虐殺の掘り起こし調査の話)がそれぞれ興味深かった。もう1つの、足立区での虐殺史料の発掘の挿話は、先に挙げた書評で触れたのでここでは触れないが、前の2つの挿話と矛盾していることは明らかだと思う。

映像の中心は虐殺事件の一覧表で、これは日比谷焼打事件や米騒動の被起訴者一覧とよく似ているので私には親しいものだったが、とくにTV映像の加工の仕方に強く興味を引かれた。加害者名はマスキングで被害者名はそのままなのだ。個人情報保護の観点からは当然なのかもしれないが、被害者はずっと後生まで曝され、加害者はずっと後生まで保護されるのは何かおかしくないだろうか。私は、親告罪とか挙証責任とかと同じ、弱肉強食の歪んだ精神を感じる。これと関連して、番組全体が昔の研究と異なり「犯人捜し」をしない姿勢だったことも気になった。「流言飛語」といってしまえば誰も悪くなくなってしまう(皆が悪かったなんて誰も悪くないと言っているのと同じだ)。でも、それでいいのだろうか。やはりアイヒマンを追い詰めたモサドのような取り組みが必要なのではないかと思う。

もう1つ、虐殺行為自体の記述も凄まじいものだった。自分が大勢の1人として1人の無抵抗な人を棒や刃物でなぶり殺す様を想像すると、私はとても正気ではいられない。ところが加害者の回顧の録音では、「私は2人殺しました」などと平気で言っている。このこと(近代日本における暴力の遍在)を考えるためには、私はまだ社会学者としての修行が足りない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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