もっと別の読み方があるのでは:子安宣邦『「大正」を読み直す』を読む

思想史家子安宣邦は、前からときどき読むことがある学者だ。新刊が出たので読んでみた。最初に驚いたのは、冒頭の問題関心の提示のところで、松尾尊兌の『大正デモクラシー』(1974)と成田龍一の『大正デモクラシー』(2007)を対比させ、後者の革新性の上に自分の議論をはじめようとするところである。成田本は確かに濃縮的によくまとまった本だが、そんなに革新的だったろうか。子安がとくに注目する日比谷焼打事件の研究は、2005年に刊行した私の拙い研究も含め、ずいぶん蓄積されており、とくに成田本が革新的だったわけではない。たまたま読んだ岩波新書に触発されるほど、思想史とリアルな歴史との懸隔は大きいということなのだろうか。ちなみに、松尾本は、たしかに戦後民主主義的な限界はあるけれど、誠実なよい本だと思う。私は成田本がなくても(実際なかったが)、松尾本だけで大正デモクラシーに関心を持つことができた。

成田本を踏まえて立ち上がる子安の問題関心にも私は同意できない。思想史家の子安が見ているのは、リアルな歴史を見ている知識人の見え方の方であり、見られているリアルな歴史ではない。日比谷焼打事件でいうと、現場の群衆を雑業層と旦那層に分ける成田の見解をいったん採用しながら(これは成田ではなく中筋が発見した新説ではなかったか・・・笑)、「旦那衆も含んだ雑多な都市下層民」などとまとめてしまう。藤野裕子もそうだけれど、歴史屋はどうして何でもまとめてしまうのだろう。旦那衆が下層民なわけないだろう。そんな雑な見方をするのは、知識人だけだろう。

メインコンテンツは、面白いといえば面白い。私には決してできないが、大正デモクラシーを幸徳、大杉、河上という流れとして捉えるのはアリだと思う。ただしやはり思想史の方法に私は不満で、たとえば大杉について山川均の証言を引いているが、それは山川から見た大杉であって、その山川も立派な知識人なのである。さらに大杉は早く斃れ、山川は革命家として生き延びた、そうした人生の成功者の回顧譚なのである。こうした言説が発生するコミュニケーションの場の構造を捉えられない思想史は、知識社会学の足下に及ばないだろう。同じ知識人の歴史を書いても、たとえば『ヴェニスのゲットーにて』の徳永洵先生のそれは、全く異なる高みに達している。

『菊と刀』に怒り狂った津田と和辻については(日本のダメオヤジの代表)、私自身が不勉強なので、子安に学びながらもう少し考えてみたい。大川周明はアジアを中国でなく、イスラムに見たところがキモだと思うが、これまた不勉強なので、またにしたい。

もう一点、子安はトマ・ピケティを賞めているが、私は全く評価できない。はっきり言って受験秀才の期末レポート程度の本だろう。やたら分厚いけど、虚仮威しだろう。それが証拠に、あっという間に忘れられたろう。まあ、ネグリ=ハートとか、ラクラウ=ムフとかも、忘れられたけど。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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もっと別の読み方があるのでは:子安宣邦『「大正」を読み直す』を読む への1件のフィードバック

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    成田龍一『大正デモクラシー』を読み直してみると、成田はけっして、旦那層と下層民の重層性を自分の手柄にしてはいない。それはそうだろう。成田の前には旦那層については江口圭一の、下層民については宮地正人の傑作が聳えているからだ。それに成田先生は(実は、昔吉見先生の企画で一度だけご一緒したことがある)、私の本を参考文献に挙げてくださっている。私から見れば、成田の先駆性は、江口や宮地の通時的研究を東京という都市空間にマッピングしつつ読み直したところ(都市史という方法)にあり、それはすでに石塚裕道との共著で、これまた傑作の『東京都の百年』で達成されていたことだった。

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